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大阪地方裁判所 昭和40年(ワ)5991号 判決

原告 堤キヨ

〈ほか三名〉

右訴訟代理人弁護士 福村武雄

同 藤野孝雄

被告 宇田半平

右訴訟代理人弁護士 川崎敏夫

右訴訟復代理人弁護士 力野博之

同 平木純二郎

被告 浅井敬一

右訴訟代理人弁護士 東野村弥助

同 藤原光一

同 池尾隆良

同 杉谷義文

同 杉野弘

同 久保義雄

主文

被告宇田半平は、原告堤キヨに対し金一〇万円、原告堤達宣、同堤敏宣および同堤道男らそれぞれに対し金六万六、六六六円六六銭宛および右各金員につきそれぞれの原告に対し昭和四一年一月二三日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らの被告宇田半平に対するその余の各請求および被告浅井敬一に対する各請求を棄却する。

訴訟費用中、原告らと被告宇田との間に生じた費用はこれを三分し、その一を同被告の、その余を原告らの負担とし、原告らと被告浅井との間に生じた費用はすべて原告らの負担とする。

この判決は、原告らの勝訴部分にかぎり、かりに執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告ら

被告らは、原告堤キヨに対し金三三万三、三三三円、原告堤達宣、同堤敏宣および同堤道男らのそれぞれに対し金二二万二、二二二円宛および右各金員に対し昭和四一年一月二三日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、被告らの負担とする。との判決ならびに仮執行の宣言。

二、被告ら

原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。との判決。

≪以下事実省略≫

理由

(被告宇田の関係)

被告宇田が北浜の株式業界紙「日日経済新聞」の経営者であること、訴外堤勇造が右新聞社に雇われ、被告宇田の乗用車の運転をしていたことは当事者間に争いがない。

≪証拠省略≫を総合すると、前記堤勇造が病魔におかされ、昭和三九年一二月、被告宇田とじっ懇の間柄にあり、大阪府立病院の神経科医長をしていた被告浅井の紹介により同病院に入院し(被告浅井の紹介により同病院に入院した事実は当事者間に争いがない。)同病院外科医訴外福井亨により胃癌と診断され、同月七日同医師の執刀のもとに患部の切除手術を受けたこと、右福井亨は右勇造に対し病名につき胃かいようである旨説明をし胃癌であることを秘匿したこと、右勇造は同年一二月三一日ごろ右病院を退院してしばらく自宅療養を続け、昭和四〇年三月末日ころには被告宇田の勧めで「日日経済新聞」を退職したこと(右勇造が同新聞を退職したことは当事者間に争いがない。)、右勇造は昭和四〇年五月ごろ、他に就職するかたわら住居地の千里ニュータウンにおいて被告宇田の娘である訴外宇田倭文子の経営する婦人生理用品の販売を手伝っていたが、その販売代金回収のことなどから話しがこじれ、同年七月中旬ごろ、大阪市東区今橋二丁目所在の喫茶店「P線」で被告宇田および右倭文子と話合いをすることとなった(右「P線」で話合ったことは当事者間に争いがない。)が、右代金回収・勇造の退職金のことなどで口論するうち、被告宇田は、「或る医者が君の生命は後半年か一年だといっている。そのような人間をうちでは使うわけにはいかん。預けてある品物(販売を委託されている生理用品)は香奠代りにお前に遣る。」旨放言したこと、これにより右勇造が自己の病名が胃かいようではなく胃癌であって、しかも回復不能の症状であることを感じとり、急に厭世的になり再起を期して再就職をしたばかりの職場もやめ、食事もろくにとらなくなり、家族にも背を向け、悶々の日を過すようになったこと、右勇造の妻である原告堤キヨは同夜被告宇田に対し、同被告の右態度に対し電話で抗議したが、同被告には何ら反省の色がうかがえなかったことがそれぞれ認められ、右認定に反する証拠はない。

右事実によると、右勇造は、被告宇田の無責任な放言により重大な精神的苦痛を蒙ったことが推認できるから、同被告は右訴外人に対し、その蒙った損害を賠償すべき義務がある。

右勇造が真実胃癌に罹っていたことは前認定のとおりであり、そのため死期の迫っていたことは比較的容易に推認し得たと考えられ、事実同訴外人は後記のとおりその一〇ヶ月後に死亡したものであるが、回復不能と考えられる症状の癌患者に対しては真実の病名およびその症状を秘匿するのが当該患者に接する者の常識であることは既に公知の事実であり、右は真実を告知することが再起を夢みて斗病中の当該患者を突如死の恐怖に追いやって苦悩絶望させ、かつ、病状の悪化をもきたすおそれがあることを懸念したものにほかならないから、被告宇田の前記行為が真実の告知であったことは不法行為成立の妨げとなるものではない。

そして、右訴外人の蒙った精神的苦痛を金銭をもって慰藉するには、同被告から金三〇万円の支払いを受けさせるのをもって相当と思料する。

前記堤勇造が、昭和四一年五月一日に死亡したこと、原告堤キミが右訴外人の妻であり、その余の原告らが同訴外人の子であり、同日同訴外人を相続したことは被告宇田において明らかに争わないから、これを自白したものとみなされる。

そうすると、右相続により、原告堤キミは金一〇万円、原告堤達宣、同堤敏宣、同堤道男はそれぞれ金六万六、六六六円六六銭宛および各金員に対する不法行為の日以後民法所定年五分の割合による遅延損害金の賠償請求権を取得したものといわなければならない。

(被告浅井の関係)

前掲各証拠によると、被告宇田の関係で認定した各事実を認めることができ(前記堤勇造が病魔におかされ昭和三九年一二月一日被告宇田とじっ懇の間柄にあり、前記病院の神経科医長をしていた被告浅井の紹介により同病院外科に入院し、外科医訴外福井亨により胃かいようとの診断を受け、同月七日同医師の執刀のもとに手術を受け胃の三分の一を切除したことは当事者間に争いがない。)、さらに、≪証拠省略≫によると、被告浅井と右福井亨医師とが共に同病院の医師として友人であること、被告浅井と被告宇田とは、被告宇田の子を介して親しい間柄にあったことなどを認めることができるが、≪証拠省略≫中、前記被告宇田の放言にいわゆる「或る医者」とは被告浅井であると考えられる趣旨の部分は、いずれも推測の域を出ないものであるところ、右は≪証拠省略≫に照らし易く措信できず、他に、被告浅井が、右勇造の病気が胃癌であること、または、後半年か一年かぎりの生命である旨を被告宇田に伝えたことを認めるに足りる証拠はないから、原告らの被告浅井に対する各請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由がないこととなる。

(結論)

よって、原告らの、被告宇田に対する各請求は前記認定の限度(ただし、遅延損害金については右の範囲内で原告らの請求する訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和四一年一月二三日がその始期となる。)で理由があるから、相当としてこれを認容し、同被告に対するその余の請求および被告浅井に対する請求の全部を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岡田春夫)

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